Main content

気候変動対策は?-トランプ政権2.0 〔下〕

 インフレ懸念、どうなる金利・為替

2024年11月15日

内外政治経済

主席研究員
竹内 淳

 米大統領選で地滑り的な勝利を収めたトランプ氏は、ほぼ確実となっている議会上下両院での共和党過半数を背景に、選挙で約束した政策を着実に実施するだろう。2020年以降の温室効果ガス削減を定めた国際的な枠組みである「パリ協定」からの再離脱は、就任初日にも宣言される可能性がある。バイデン政権下で進められた環境規制の多くも撤回されよう。同政権が慎重だった石油や天然ガスの新規掘削を積極的に許可し、エネルギー生産・輸出を促進する構えだ。供給を増やすことがガソリン価格の低下につながるとの考えがある。

20241115_02.jpeg

環境規制、州政府に大きな役割

 バイデン政権が成立させた「インフレ抑制法」について、トランプ氏は撤廃を公言している。その予算は減税へ回す方針だ。しかし、同法に基づくクリーンエネルギーへの補助金の恩恵は、共和党が強い州が5分の4近くを占めており、トランプ氏を強力に支持する石油会社も受益者だ。EV(電気自動車)の購入補助などを除けば、完全に廃止される可能性は低いだろう。

 第2次トランプ政権が、環境を軽視する政策を推進する場合でも、脱炭素化へ向けた世界の流れは変わるまい。この分野では州政府の役割が大きく、全米50州のうち23州は環境を重視する民主党が知事を務める。米国企業も脱炭素化に向けた投資は進めていかざるを得ない。実際、第1次トランプ政権下でも、米国における環境投資は着実に増えていた。

「規制は一つ作る度に10廃止」

 共和党は伝統的に規制緩和を支持しており、トランプ氏も「規制は、新たに一つ作る度に10を廃止する」と宣言している。そうした中、バイデン大統領が昨年12月に署名した人工知能(AI)の安全性確保やプライバシー保護を求める大統領令は、間違いなく撤回されるだろう。「バーゼル3」と呼ばれる国際銀行規制も、実施が延期され、内容が緩和される可能性がある。規制緩和は、投資の活発化を通じて米国経済を押し上げる効果を有する一方、消費者保護などは二の次となりかねない。

 企業の合併・買収(M&A)の審査なども、通りやすくなるだろう。巨大IT企業への締め付けも緩くなる可能性は高い。バイデン政権は、グーグルを運営するアルファベット社に対する反トラスト(独占禁止)法訴訟での勝訴を踏まえて同社の事業分割を検討している。これに対して、トランプ氏は「解体せずとも、公平な状況は作れる」と述べており、見直される可能性がある。

バンス、マスク両氏の動向

 とはいえ、巨大IT企業への反トラスト訴訟は、第1次トランプ政権期間中に開始されたものも多く、ベンチャーキャピタリストの経歴を有するバンス次期副大統領が、巨大IT企業に極めて批判的ということを踏まえると、どちらに転ぶかは予断を許さない。

20241115_03.jpegイーロン・マスク氏が経営する企業のロゴ。背景はマスク氏【2022年5月、インド・マドゥライ】

 注目されるのは、トランプ⽒のために1億1900万ドル(約180億円)を寄付し、選挙で⼤きな役割を果たしたイーロン・マスク⽒の役割だ。マスク⽒の事業は連邦政府と契約があり、同⽒の政権⼊りは難しいとされる。トランプ⽒は「マスク⽒が⾏財政改⾰で重要な役割を果たす」と宣⾔していた中で、政府に行政効率化を助言し、予算圧縮などを推進する組織を新設し、マスク氏が親トランプの実業家とともに率いると発表した。スペースX社にせよ、テスラ社にせよ同⽒の事業を推進する上でも、マスク⽒が規制緩和を強⼒に推進する可能性は⾼い。

避けられない財政悪化

 トランプ氏は、来年末で期限を迎えるトランプ減税の延長に加え、法人税率引き下げ、チップ・社会保障給付・残業代に対する所得税免税を打ち出している。議会との調整は必要だが、大枠としては実現するとみられる。こうした積極財政は需要拡大をもたらし、少なくとも短期的には景気を押し上げる。

 ただしその財源は関税や行財政改革を通じた歳出削減では賄いきれず、米国財政は悪化を余儀なくされるだろう。なお、新政権の財政政策の恩恵を最も受けるのは、トランプ氏を熱狂的に支持した低所得層ではなく、富裕層や大企業になる。何とも皮肉なことだ。

不法移民の送還、インフレ圧力

 米国内に1100万人以上いるとされる不法移民について、トランプ氏は強制送還すると繰り返し強調してきた。行政能力、法律、外交面で制約が多く、どこまで実現するかは不明だが、そのうちの800万人は現在の米国にとって貴重な労働力であることが軽視されている。彼らの送還は工業生産など供給サイドに制約となる。積極財政による需要拡大と相まってインフレをもたらすだろう。

20241114_01.jpeg

 米ピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、800万人の強制送還が米国のインフレ率を2028年までの累計で9.1%ポイント押し上げると試算している(注)。加えて、関税引き上げも輸入価格の上昇からインフレを悪化させる。上昇幅をPIIEは同最大2.9%ポイントと推計している。

金利高、ドル高を毛嫌い

 米国では、連邦準備制度理事会(FRB)の2022年以降の連続利上げによって、ようやくインフレが鎮静化しつつある。それが新政権の政策で再びインフレ圧力が高まるとなれば、9月以降利下げに転じたFRBの金融政策は、利下げペースの鈍化、停止、さらに利上げへと変化するかもしれない。既に市場は、そうした可能性を織り込み始めており、金利上昇とドル高で反応している。

20241115_04.jpeg米ワシントンンのFRB本部

 トランプ氏は、景気押し下げ効果を有する金利高やドル高を毛嫌いしており、FRBに対して利下げ圧力を強めるだろう。しかし、FRBは法律により強い独立性を付与されている。次期大統領が任期中に指名できる本部理事のポストも2人だけだ。パウエル議長は、2026年5月の任期満了前の辞任を明確に否定している。

市場が新政権の暴走に歯止めか

 トランプ氏が業を煮やして「議長の罷免」「中銀法の改正」などを強引に試みれば、金融市場は大混乱に陥り、金利高、株安も進むだろう。為替はドル安へと転換するかもしれない。米国売りだ。

 そうした金融市場のリスクがいわば脅威となって、新政権の暴走に対して歯止めをかけるだろう。ちなみに上記PIIEの推計では、FRBの独立性制限でインフレ率が11%ポイント上昇することが示されている。

最大リスクは不確実性の高まり

 ここまで、基本的に経済政策に絞って論じたが、政治や外交も経済へ⼤きな影響を及ぼす。第1次政権時のトランプ⽒は、発⾔や⾏動がしばしば場当たり的で、個⼈的な好き嫌いにも左右されがちと批判された。今回の選挙⼤勝で、トランプ氏は⾃らの正当性に⼤いに⾃信を深め、新政権の発足に向けて⾃分が思う通りに政策を推進しようとしている。こうした状況が⽣み出すのは予⾒可能性の低下、不確実性の⾼まりだ。

 不確実性の⾼まりは、企業の投資、家計の消費先送りへとつながる可能性がある。リスクへの警戒が⾼まり、⾦融機関の貸し出し意欲が後退するかもしれない。⾦融市場ではボラティリティー(相場の変動率)が⾼まるだろう。⼤国である⽶国がもたらす、負の影響は貿易や⾦融を通じて国際的に波及する。こうした事態に⽇本ができることは限られているが、⾃由貿易の旗を掲げ続けるのが⼤切だ。そして他国との連携を深めて、トランプ⽒が無理難題を突き付ける場合には毅然(きぜん)とした姿勢を⽰すことが重要だろう。

項目(公約)

実現可能性、時期

経済への影響など

関税
 ①対中国60%
 ②すべての輸入品へ一律10~20%
 ③米国より高い関税の国はその分報復


大統領令で実施
(手続きを経て、適用開始は2025年央以降か)


輸入品への需要減退
輸入物価上昇によるインフレ圧力

環境政策
 ①パリ協定離脱
 ②環境規制の緩和・撤回
 ③インフレ抑制法撤廃


就任直後に大統領令
行政機関が通達→訴訟のリスク
早期の立法で実現(一部の補助金は維持か)


脱炭素投資が減少
同上
同上

規制緩和、競争政策
 ①AI規制の撤廃
 ②M&Aの緩和
 ③資源開発の新規許可


就任直後に大統領令
審査機関の姿勢が変化
行政機関が許可


AI投資にプラス
大手寡占のリスク
エネルギー投資にプラス、インフレ抑制

法人税減税
 現行税率21→15%へ


早期の立法で実現(税率には修正の余地)


設備投資にプラス、インフレ圧力

所得税減税
 ①2017年トランプ減税継続
 ②子ども税額控除(1人5000ドル)
 ③チップ、社会保障給付、残業代の所得免税


2025年末までに立法
同上
同上


現状の維持
個人消費にプラス、インフレ圧力
個人消費にプラス、インフレ圧力

不法移民の強制送還

就任直後に大統領令
→訴訟リスクに加え、実務上の困難も存在

個人消費にマイナス、インフレ圧力

トランプ氏の経済政策とその影響など(出所)各種報道


 (注)McKibbin, W., Hogan, M., and Noland, M., "The International Economic Implications of a Second Trump Presidency", PIIE Working Paper 24-20, September 2024., © 2024 Peterson Institute for International Economics.

竹内 淳

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る